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2023年12月号 池田の訃報で取り残される「創価学会2世」たち

12月号目次

 

閻魔帳

池田の訃報で取り残される「創価学会2世」たち/藤倉善郎

 

特集/到来したXデー・創価学会池田大作名誉会長死去

日本を物心ともに貧しくした低俗極まる俗物/溝口 敦

池田大作は宗教家にあらず/佐高 信

「永遠の師匠」を失った創価学会の行方/段 勲

「公明党=創価学会」を率いて戦後民主主義をブッ壊しにかかった「梟雄・池田大作」/古川利明

「デクノボー」になれなかった池田大作の無慙無愧/乙骨正生

  • 連載

信濃町探偵団──創価学会最新動向

「公明党と創価学会」を考える(第50回)

「平成の政治改革」を考える(7)/平野貞夫

ナニワの虫眼鏡(第54回)

池田氏死去で揺らぐ「常勝関西」 大阪の選挙はどう変わるか/吉富有治

ヨーロッパ・カルト事情(304)

ほとんど報じられなかった「池田大作の死」/広岡裕児

執筆者紹介 編集後記

 

 

編集後記から

2002(平成14)年3月1日に「宗教と社会のかかわりを考える隔週刊誌(08年4月から月刊化)」として創刊以来、小誌は創価学会・公明党問題を中心に宗教と政治や社会の問題を取り上げてきました。その創価学会は、「永遠の師匠」(会憲)である池田大作名誉会長が支配していたのですから、当然のことですが創刊1号から335号となる今号にいたるまで、池田氏に関する記事を載せなかったことはないといっても過言ではありません。

その池田氏が11月15日に95歳で死去しました。

公の大衆の前から姿を消して13年余り。池田氏の健康状態について政界やマスコミ界では定期的に重病説や死亡説が流れるなど、池田氏の『Xデー』がしきりに取り沙汰されてきましたが、創価学会は一貫して「お元気」だと主張。機関紙誌に連日、「メッセージ」や「随筆」「提言」などを掲載することで、会員や世間を欺罔し続けてきましたが、池田氏の死によってようやく姑息な演出にもピリオドが打たれることとなりました。

すでに多くのマスコミ媒体が、池田氏の死と、創価学会・公明党の今後や政治的影響について特集を組んでいます。礼賛・批判・客観的報道とそのスタンスはさまざまですが、創刊以来21年余にわたって池田氏をウオッチし続けてきた小誌も、“はなむけの言葉”として真摯かつ率直な特集を組みましたのでご一読ください。

これで戦後の混乱と高度経済成長を背景に膨れ上がった「池田創価学会」は終焉となりますが、宗教と政治の悪しき癒着をはじめ、カルト的害悪の社会汚染についてはまだまだ油断できません。というのも戸田城聖会長の葬儀以来65年ぶりに行われた「創価学会葬」において原田会長は、戸田二代・池田三代の両会長が、初代・二代会長の「仇討ち」や「復讐」のために「巌窟王の精神(注・いわれなき誹謗に復讐するとの意味)」で創価学会を拡大したように、「池田門下生」の我々も「巌窟王の精神」で、池田氏の正義を勝利で宣揚するために団結して戦おうと強調しているからです。

池田氏の死を危機バネとして組織を引き締め、遮二無二衆院選に突入し、これを勝利することで30年の創立100周年に向かって前進しようとの意図なのでしょう。もっとも池田氏の死がもたらす宗教的・政治的混乱と混迷は深刻になりこそすれ、軽くなる可能性は低く、前途は茨の道となるは必定です。

小誌は今後とも「池田創価学会」の残滓がどうなっていくかに、厳しい視線を向けていきたいと考えています。

特集/到来したXデー・創価学会池田大作名誉会長死去

 

日本を物心ともに貧しくした低俗極まる俗物

溝口 敦

ノンフィクション作家

 

社会的害悪を拡散した池田創価学会

創価学会名誉会長・池田大作が23年11月15日死去した。享年95。2010年以来、人前に立たず、一部で意識も定かでない植物人間と化しているのではないかと推測されていた。

現在、メディアによっては「戦後最大の宗教指導者 巨星没す」などと持ち上げているが、実相は単に創価学会と公明党に振るった権力を寝たきりになるまで握って放さなかった低俗極まる俗物だった。彼には人の心を打つ高邁な人間性は一片もなかったし、宗教人らしい悟りやある種の諦観もなかった。しかし、彼が目をそむけるような俗物であっても、死んでしまえば幽明境を異にする故人であり、大まじめに論難することはない。

問題は彼の体臭が創価学会と公明党に感染り、根強くその体質と化している点にある。つまり両組織には池田の資質が血肉化され、今なお一般社会をまどわかし、毒している。毒性のもとである池田を俎上に載せて病変部を明らかにするほかなかろう。

池田のウソと虚飾の始まりは創価学会への「入信神話」をでっち上げることでスタートした。即ち池田の入信は1947年、当時の教学部長・小平芳平の折伏によってだったが、池田はこれを二代目会長・戸田城聖による折伏にすり替え、自らの跡目相続の正統性の論拠とした。

入信時、池田が世間慣れせず、悪くいえばバカっぽい青年だったことは、小口偉一『宗教と信仰の心理学』中の池田インタビューで明らかである。

「それ(入信)から一年は普通にやっていました。前の信者さんたちが牢獄へいったということが気になりました。(創価学会は)全部の宗教に反対するから必然的に弾圧される。その時はどうしようか、寝ても覚めても考え、やめるなら今のうちがよいと考えました」

戦前の牧口、戸田などの下獄は彼にはただ恐ろしいだけで、それが敗戦を境に名誉の履歴に変わったと見る青年らしい常識にさえ欠けていた。貧しく実直なカタギの家庭では牢獄はなにより恐れられる。池田は、戦前の受難のもとは創価学会のひとり正しいとする独善性にあると見、それは自分が所属する現在も変わっていない、再び弾圧を受ける可能性があると、「寝ても覚めても」ただただ恐ろしい。小心に心を悩ましたあげく、「やめるなら今のうちがよいと考えた」ことを口にしている。

ところが約10年後、作家の松本清張と対談する段になると、コロッと自分を美化して次のように言い換える。

「戦後戸田会長に会ったときも、この人は戦争に反対して二年間も牢に入っていた。この人のいうことならば、わたしは信じてついていってもまちがいはない、と思ったのです」(『文藝春秋』1968年2月号)

嘘つきは泥棒の始まりというが、その通りである。ウソをつくことは容易に反社会的不正、犯罪に結びついていく。挙げ句の果て、ウソは池田本人に留まらず、創価学会・公明党へと拡散し、定着していく。

学会員の選挙運動に即していえば、替え玉投票、架空住民票の移動、有権者への手土産持参の投票依頼など、枚挙にいとまなくある。1968年7月、参院選での新宿替え玉投票事件について当時の毎日新聞は「投票入場券、一〇万通消える 大量の不正投票か 世田谷など本人の手に届かず」と報じている。今ではこれが創価学会新宿第三総合ブロック第九総ブロックの犯罪だったことが判明している。

 

挫折した最高権力者への野望

創価学会・公明党の社会悪として最大のものは1969年にピークを迎える出版妨害、言論抑圧事件だろう。創価学会は63年に言論部を発足させ、池田はその第一回大会で次のように呼び掛けた。

「いままでは思い上がり、独断的であり、利己主義である彼ら(言論人)を恐れさせて、身ぶるいさせて、本当に正しい言論戦はこわい、どうしようもないというところまで追って追って追いまくっていこうではありませんか」

言論部員の当初の役割は、創価学会批判のマスコミや言論人に向けて何通もの非難攻撃の手紙を書き、投函することにあった。これが容易に出版妨害に拡大していくことは誰の目にも明らかだろう。その前までは“鶴タブー”といって、創価学会批判書のほとんどは闇から闇に葬られ続けていた。だが、1969年から70年前半にかけて相次いで創価学会・公明党による出版妨害事件が明らかにされていく。

藤原弘達『創価学会を斬る』、内藤国夫『公明党の素顔』、植村左内『これが創価学会だ』、隅田洋『日蓮正宗・創価学会・公明党の破滅』 等々がそれら妨害を受けた著作である。

こうした創価学会・公明党による妨害圧力に対して、反撃の口火を切ったのが共産党の機関紙「赤旗」である。同紙は「黒い鶴のタブー」というキャンペーンを連日張って鶴タブーを打破していった。やがては出版妨害反対の声は燎原の火のようにメディア界、言論界、国会にも広がり、1970年5月、創価学会第33回本部総会での池田お詫び発言を引き出すことになった。

その結果、池田は以後、①政界不出馬(私自身は、生涯、宗教人として生き抜く決意であり、政界に出るようなことは決してしない)、②国立戒壇の否定(政治進出は戒壇建立のための手段では絶対にない)、③創価学会と公明党の分離、④強引な折伏活動の停止、などを公的に約束した。

池田はこれで頭の上が青天井でないことを思い知ることになった。それまでの池田は日本の最高権力者になるという構想を臆面もなく披瀝していた。

「『私が教わったのは帝王学だ。私は最高権力者になる。そのときは創価学会を解散してもいい』と語っていた。池田政権によって、王仏冥合が達成されれば、もはや創価学会の必要性がなくなるということであろう」(『現代』70年7月号)

池田は65年7月、本部幹部会で、往古の天皇にかわる現代の最高権力者は池田だという「方程式」を創価学会用語で言明している。

つまり創価学会の究極の目的の一つである広宣流布の儀式が行われるとき、

「不開門(あかずのもん、大石寺にある勅使門)が開く。(初めて門を通過するのは)一義には、天皇という意味もありますが、再往は時の最高権力者であるとされています。すなわち……時の法華講の総講頭(当時は池田)であり、創価学会の会長(池田)がその先頭になることだけは仏法の方程式として言っておきます(大拍手)」

今思えば池田が世俗上の最高権力者という気概を味わえたのはこのころまでだったろう。出版妨害に端を発するお詫び講演で、以後、池田が活躍する場は「宗教」に限られることになった。しかし、それも77年池田が「仏教史観を語る」と題する講演で日蓮正宗の忌避に触れ、結局は本山に詫びを入れ、79年池田は会長職を辞任、名誉会長に退くことになった。同年4月には総講頭も辞任し、宗教的にも一敗地にまみれたのだ。

その後も日蓮正宗との関係は修復がならず、91年には日蓮正宗から創価学会に対し解散が勧告され、同年11月には宗門は創価学会と創価学会インタナショナルを破門した。翌年には宗門が池田を信徒除名処分し、これらの措置により創価学会は日蓮正宗とは別個の教義を持つ宗教法人という位置づけになった。

池田とすれば創価学会が稼いだカネの一部なりとも宗門に渡す必要がなくなり、気楽にわが世の春を謳歌する気持ちもあったろうが、宗教的には一縷の敗北感、逸脱感、慚愧の念もあったにちがいない。

 

民衆の夢と希望を悪用し破壊

創価学会は現在の公称会員数が827万世帯、世界192カ国・地域に教勢を伸ばしているという。だが、これらの数字は不正確な世迷い言に等しい。池田が成したことの実態は家に立派なプールを作って遊び、それを壊したか、壊しかかったか、元の木阿弥に近いことをしでかしたのだ。

結局、創価学会は民衆の夢と希望、政治的改善、生活向上への欲求などを堰き止めるダムだったはずだ。創価学会を構成する会員の多くは今なお経済的には中間層以下とされている。勤務先の多くは中小零細業や小規模飲食店など。雇用形態もバイトやパート、不正規雇用などが多いと思われる。

が、街に貼ってある公明党の政策ポスターは「電気代、都市ガス代、ガソリン・灯油代 4万5000円軽減」「出産家庭に10万円分の支援」「全区民に3万円給付決定へ!」など、猿と朝三暮四のたとえを思い出すようなものばかりだ。実がなく、生活に直結しない。みじめに小銭をバラ撒かれるより消費税の廃止や税率低減、賃上げの方がよほど実があると感じるのは私だけではなかろう。

つまり公明党は自民党を補強する勢力として会員の票を財界や大企業べったりにした。経済的に貧しい者たちがそうした勢力を助けるために一票を投じる。池田は創価学会・公明党を通して、日本を貧しい国に停滞させた。顕彰すべき功績はない。(文中・敬称略)

 

溝口 敦(みぞぐち・あつし)ノンフィクション作家。1942年生まれ。早稲田大学政経学部卒。出版社勤務などを経てフリーに。宗教関係をはじめ幅広く社会問題を扱う。『食肉の帝王』(講談社プラスα文庫)で第25回講談社ノンフィクション賞、日本ジャーナリスト会議賞、編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム大賞の3賞同時受賞。『堕ちた庶民の神』(三一書房)『歌舞伎町・ヤバさの真相』(文春新書)『パチンコ「30兆円の闇」』『生贄の祀り』『あぶない食品』(小学館文庫)『武富士 サラ金の帝王』『池田大作「権力者」の構造』『中国「黒社会」の掟』『細木数子 魔女の履歴書』(講談社プラスα文庫)『暴力団』『続・暴力団』(新潮新書)『抗争』(小学館新書)『喰うか喰われるか 私の山口組体験』(講談社)など著書多数。

 

信濃町探偵団──創価学会最新動向

 

  • 池田大作創価学会名誉会長死去に関する『聖教』『公明』&一般紙報道の経過

①死亡記事

・11月18日付『聖教』「池田大作先生が霊山へ」「仏法史上不世出の大指導者」「師弟不二貫き世界広布の壮挙」

「創価学会名誉会長・SGI会長の池田大作先生が15日夜半、老衰のため、東京・新宿区内の居宅で霊山へ旅立たれた。95歳のご生涯であった。葬儀は17日、近親者のみで家族葬として執り行われた」

「原田会長の談話 遺訓胸に報恩の弟子の道を」「私どもは、池田先生のご遺訓・ご指導を命に刻み、国内広布はもとより世界広布の実現と創価学会の万代にわたる興隆を目指し、鉄桶の団結を一段と強め、日々、前進してまいりたい」

・11月18日付『読売新聞オンライン』 「創価学会名誉会長の池田大作氏が死去、95歳…日本最大規模の宗教団体に育て上げる」

「創価学会名誉会長の池田大作(いけだ・だいさく)氏が15日、死去した。95歳だった。創価学会の最高指導者として組織拡大を図り、日本最大規模の宗教団体に育て上げた。政治にも積極的に関与し、1964年に公明党を創設した。

池田氏は47年、日蓮の仏法を信奉する宗教団体である創価学会に入会し、60年、第3代会長に就任した。75年には創価学会インタナショナル(SGI)を設立して会長に就任。海外布教に力を入れるとともに、ゴルバチョフ元ソ連大統領ら世界各国の要人と会談し、独自の民間外交を展開した。

79年に創価学会の会長職を退いて名誉会長に就いたが、実権を握り続けた。創価学会会則では、牧口常三郎・初代会長、戸田城聖・第2代会長とともに『永遠の師匠』と位置づけられている。

公明党の勢力拡大や政権参加を背景に、政界で影響力を保ち続けた」

 

※創価学会が、11月15日に池田大作名誉会長が95歳で死去したことを、創立記念日である18日になって発表した。訃報は午後3時から創価学会公式チャンネル「SOKAnet」において、長男の池田博正主任副会長が「2023年11月15日夜半老すいのため享年95歳で新宿区内の居宅にて亡くなりました」と公表。17日に原田稔会長の導師で「家族葬」を行い、18日午前に荼毘に付したとのこと。18日まで発表を控えたことについて池田主任副会長は、「創立記念日の諸行事なかんずく学園の行事を予定通り行ってもらいたい」との家族の意向だったとした。23日に戸田城聖2代会長以来の「創価学会葬」を、後日に外部対象の「お別れ会」を開くことを原田稔会長が発表した。

 

②岸田首相の弔意報道

・11月19日付『公明』「池田大作名誉会長、逝去公明党、公政連を創立」「世界の要人、文化人と対話重ねる」「15日に老衰のため、95歳のご生涯」

「岸田文雄首相は18日、創価学会の池田大作名誉会長が死去したことについて『深い悲しみに堪えない』と悼んだ。X(旧ツイッター)で『国内外で平和、文化、教育の推進に尽力し、歴史に大きな足跡を残した』とたたえ、『ご冥福をお祈りし、遺族と関係者に哀悼の意を表する』と記した」

「『立党精神』永遠に守り抜く 山口代表が談話」「池田名誉会長におかれましては、公明党の創立者として一貫して見守って頂き、深く感謝を申し上げます。創立者より、お示し頂いた「大衆とともに」との立党精神を変わらぬ原点として、これからも永遠に守り抜いてまいります」

11月20日付『朝日新聞デジタル』

「岸田文雄首相は19日夜、公明党の支持母体である創価学会の池田大作名誉会長が15日に死去したことを受け、東京都新宿区の創価学会本部別館を訪れた。自民党総裁として弔問し、原田稔会長や池田氏の長男、博正主任副会長と面会したという。

池田氏の死去を受け、首相は18日に「国内外で、平和、文化、教育の推進などに尽力し、重要な役割を果たされ、歴史に大きな足跡を残された」とするコメントを発表。自身のX(旧ツイッター)には「深い悲しみにたえません」と投稿していた」

 

※公明党の機関紙『公明新聞』をはじめ、一般紙が池田氏の死去に対して自公連立政権の首班で自民党総裁の岸田文雄首相が、18日に「X」で弔意を示したことを報道。また19日未明にAPEC首脳会議(アメリカ・サンフランシスコ)から帰国した岸田首相は、同日午前には広島入りし、三次市で行われた妻・裕子さんの父の葬儀・告別式・火葬に列席。その後、とんぼ返りで帰京して学会本部別館を弔問し、遺族の池田主任副会長と原田会長と面会した。殺人的スケジュールをおして、しかも義父の火葬をすますや直ちに帰京し、創価学会を弔問した現職総理。連立与党の組織母体に対する“忖度”なのだろうが、SNS上では「政教分離」原則に抵触するのではとの批判が噴出した。この首相の創価学会弔問についてはテレビ・一般紙は速報したが、政教一致批判を危惧してか、『聖教新聞』は後述のように23日付でごく簡単に報じただけだった。

 

③海外からの弔意報道

・11月22日付『聖教』「中国から池田先生に弔意」

「中国外務省は20日、記者会見で池田先生の逝去に対し、深い哀悼の意を表した。毛寧報道官は、池田先生は『中国人民が信頼し尊敬する古き良き友人』であると述べ、『中日友好に積極的に取り組み、両国関係の再建と発展に重要な貢献をされた』と言及。『先生が築かれた「金の橋」が永遠に続いていくことを念願している』と語った。また、呉江浩駐日大使をはじめ中国各界から弔電が寄せられた」

・11月23日付『聖教』「世界から池田先生をたたえる声」「平和・文化・教育の功績しのび」

「各国首脳・大使・国際機関・大学から」

「韓国の尹錫悦大統領から21日に弔意が寄せられた。岸田文雄首相は19日夜、東京・信濃町の総本部を弔問した。また22日、中国の蔡奇政治局常務委員から訪中している公明党の山口那津男代表を通じて、丁重な弔意が伝えられた」

・11月26日付『聖教』「中国習近平主席が弔電 池田先生は中国国民の古い友人」

池田名誉会長の逝去に対し、中国の習近平国家主席は23日、岸田文雄首相宛てに哀悼の意を表する弔電を送った。(中略)また王毅外交部長からも25日、中日中国大使館を通じて弔電が届けられた」

・11月27日付『聖教』「池田先生をしのび 世界の識者から追悼の声」

 

※中国の習近平主席や韓国の尹大統領をはじめとする政府首脳や関係者、識者等から数多の弔電や弔意が寄せられているとして、あたかも世界中が池田氏の死を悼んでいるかのように喧伝。池田氏の死を利用して創価学会が世界宗教として評価されているかのような演出を試みている。

 

④65年ぶりの「創価学会葬」報道

・11月24日付『聖教』「池田先生に捧ぐ創価学会葬」「全門下生が世界広布の誓い」「東京戸田記念講堂と全国1000会館を結び」

「今月15日に霊山へ旅立たれた池田大作先生の『創価学会葬』が23日午後1時半から、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂を中心に、47都道府県の約1000会館を中継で結んで厳粛に執り行われた」

「原田稔会長 師恩に報い 創価の大道開く 『在々諸仏土、常与師倶生』胸に」

「社会には“学会が勢いを失うのでは”と高をくくる、心ない声が囁かれているのも事実であります。

戸田先生は、牧口先生を獄死に追いやった権力の魔性に対して、『巌窟王』となって仇討の闘争を貫き、成し遂げられました。池田先生も、一生涯を通してどんな障魔が競おうとも、戸田先生のご遺命をことごとく果たし、恩師の仇を討たれました。今、私ども池田門下生がなすべきことも、『巌窟王』となって、勝って、池田先生の正しさを、社会に世界に示し切ることであります。(中略)私どもも今、池田先生からご遺訓として示していただいた7年後、創価学会創立100周年に、絢爛たる『世界青年学会』を、弟子の団結で築くことこそ、師恩に報じ、我らが切り開く、新たな平和への大道となると確信いたします」

 

※「創価学会葬」での原田会長の挨拶は、戸田会長の死去後、創価学会は空中分解するとの声をはね返し、拡大を果たしたように、池田門下の我々もいわれなき非難を打ち破り復讐するとの謂いの「巌窟王」の精神で乗り越え、池田氏の正義を顕彰しようとアピール。池田氏の死を危機バネにして創立100周年を目指す姿勢を強調するが、少子高齢化の波に直面し、組織の衰退が続く中で、求心力の要を失った創価学会の前途にあるのは混乱と混迷だろう。

 

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