2005-9-1

特集/矢野バッシング&ファシズム選挙

インタビュー/平野貞夫元参議院議員
「小泉マジック」と公明党・創価学会の焦り

山田 直樹 ジャーナリスト

 無謀か英断か――。小泉首相は衆院を解散、総選挙に突入した。郵政造反組は「国民新党」や「新党日本」を結成、自民党と袂を分かった。しかし忘れてはならない。首相自身、「自公で過半数を割ったら退陣する」と公言した通り、この選挙最大の眼目は連立政権の審判にある。そこで本誌は、前々号に引き続き平野貞夫氏(民主党元参院議員)にインタビューを行った。「公明党指南役」は、この解散・総選挙をどう見るか?

 国民を錯覚させる「小泉マジック」

 ――参院で法案が否決されたため、解散に踏み切る。憲政史上、前例がありません。国会の手続論から言って問題はないのでしょうか?

 平野 大いにあります。まずこの解散が「郵政民営化法案参院否決」を理由にするなら、以下のような手順を踏まねばなりません。法案を一旦、衆議院に返す。そして議員運営委員会理事会で取り扱い協議をすることが大前提。その後、両院協議会を開くか、再議決か廃案かを議論する中で、解散権の行使が可能になる。

 ――そもそもは、民主党が衆議院本会議に「小泉内閣不信任議案」を提出し、河野洋平議長が議題としたところで「解散詔書」が発せられた報告があり、議長が朗読し解散に至りました。

 平野 解散詔書はすべての議案に優先しますから、その通りのことが行われた。しかし不信任案は議院委員会で協議されましたから、これは郵政解散ではない。ただその協議と言っても、単なる報告で議論はしていません。8月8日午後3時30分頃です。首相は、同日午後1時44分に参院で法案が否決された直後に、自民党の役員会で解散を決め、その後、公明党の神崎代表と党首会談を行い(解散の)了承を求めています。神崎氏は「政治空白を作るべきではない。選挙協力も十分に行えない」と“抵抗しましたが一蹴されてしまう。そして午後3時、解散のための臨時閣議が開かれ島村農水大臣他4名の閣僚が反対の挙手をしたものの、それまで。島村大臣の辞表を受理せず、罷免して解散に至った。

 ――郵政法案はその時点で「生きて」おり、再度、衆院で討議することもできました。廃案ではありません。また、公明党の現職閣僚である北側国交大臣には辞表を出す度胸はなかったということですね。

 平野 そうです。内閣総辞職や衆院解散をする法的根拠はないのです。政治改革法案の折には、両院協議会で成案で合意し、成立した経緯もあります。要するに、国会の憲法手続では不信任案提出の解散にしておきながら、政治的に「郵政解散」を呼号しているのです。まさに国民を錯覚させる「小泉マジック」そのもので流れを作った。その点をなぜかメディアが正確に報じない。小泉流にはまってしまった。公明党は「友党」党首の暴走に、歯止めをかけることが出来なかった。

 ――支持率もあり、自民党の一部が不信任案に賛成あるいは欠席、途中退場などしてもいないのに“ぶち壊し”にした首相の本意はどこにあるのでしょう。

 平野 角福戦争の怨念があると思います。象徴的だったのは、中曽根(弘文)元文相が反対を表明し、その意志を貫いたことでした。彼の父親(中曽根元総理)に対して衆議院の選挙区を召し上げ、移行を余儀なくされた比例代表に関しても「定年制」で排除した。これへの怒りが中曽根氏にはあり、参議院での法案否決へ決定的な流れを作った。
 逆に小泉首相には、旧中曽根派と旧田中派(旧竹下派)の野合によって、いかに旧福田派(現・森派)が辛酸を舐めてきたかの怨念がある。さらに遡れば、72年の角福戦争に行き当たるのです。福田氏の怨念が、乗り移っているかのようです。従ってこれは、改革のための解散とは到底言えません。対立を単純化し、有名・知名の人を使い、メディアを利用して国民的熱狂状態を醸成する――これは日本が対米戦争に傾斜していった頃に使われた、大政翼賛会の選挙手法に酷似しています。小泉政権下の自民党内で伸長した派閥は森派だけ。森派のルーツは、A級戦犯容疑に問われた岸信介氏にある。その思想の忠実な継承者と公明党が連立を組んでいる点は、決して忘れてはなりません。

 ――怨念で7百数十億円もの税金がかかる選挙をやられたんではたまりません。

 平野 69年に小泉氏が衆院選に初めて立った時、祖父・又次郎氏が戦前、逓信大臣を務めていたにもかかわらず、地元横須賀の郵便局長たちは、同じ中選挙区でのライバル・田川誠一氏を応援しました。小泉候補はあえなく落選し、福田赳夫元首相の秘書となります。
 先に述べた「角福戦争」で福田氏は敗れますが、その敗因のひとつに角栄氏が郵政大臣時代、特定郵便局を倍増させて自己の勢力基盤拡大を図った点がある。そういった意味で、郵政政策(郵便局)=田中派への反感は、怨嗟に近いものがあると思います。

 注目は「創価学会票の地力」

 ――派閥を壊すと主張しながら、実際は自派閥だけを伸長させ、その上、民営化の「踏み絵」を押しつける。いわゆる刺客候補が当選後、森派に所属する可能性も否定できません。中曽根大勲位の衣鉢を継ぐ旧亀井派、角栄氏の直系である旧橋本派を郵政民営化と一緒に「滞貨一掃」する作戦にも見えます。

 平野 刺客組が森派に入るか微妙なところですが、いずれにしても「小泉チルドレン」には違いない。小泉首相の郵政民営化論には、師の福田氏が大蔵省出身で、彼自身も72年の初当選後、大蔵委員会に籍を置いたところにも根拠がある。彼は「大蔵族」なのです。この族議員にしてみれば、保険も貯金も扱い、しかも過度に国家から保護される郵政は恰好のターゲットでした。郵貯・簡保の改革を求めるのは当然ですし、自身の“保護下”にある銀行の利害からしてみれば、そこに滞留するカネを市中に回せという主張になる。
 しかし民営化とは聞こえはいいが、これは外資に国民の資産も侵奪されることを意味する。その道筋をつけるのが小泉改革であり、竹中路線なのです。

 ――そういった小泉手法は分かるのですが、公明党がどうして郵政事業にあれほど冷淡でいられるのかです。

 平野 これも単純と言えば単純。特定郵便局長OBらの「大樹」は、旧橋本派の金城湯池の支持組織ではありますが、創価学会・公明党とは何の接点もない。創価学会の財務は、ご承知の通り「銀行振込」ですから、郵政事業が民営化されても少しも困らない(笑)。バックに郵政関連の労組を抱える連合との関係で強気に出れない民主党も、バッサリ斬れるというわけです。

 ――その公明党も、今回ばかりは読み違えましたね。

 平野 そもそも7月の都議選絡みで、「郵政法案の採決は(都議選後に)延ばしてほしい」との公明党の要請を小泉首相が受け入れたから、今回もまさか解散はないだろうと彼らは読んでいた。それが総選挙スケジュールの1週引き延ばししか、出来ずに終わった。公明党首脳は、青木参院会長などから「10月解散―11月総選挙」の言質を取っていたといいます。この完全な読み違いに、池田創価学会名誉会長が激怒し、公明党の小選挙区候補の重複立候補は認めないという話になったと聞いています。神崎―冬柴体制のボロが出た。
 それよりも愛知や東京の“危なそうな”小選挙区候補の擁立を早々と諦め、守りの戦いに入った点が何よりも彼らの焦りを示しています。それまでは自民党との選挙協力で、選挙区当選者を一人でもふたりでも増やそうとしていたのですから。
 8月、9月の学会行事も変更を余儀なくされ、てんやわんやの状況でしょう。内部からは悲観的な情報が聞こえてきます。「34議席の現状維持は到底ムリ。30取れれば成功」。こんな話です。選挙の専門家はもっと厳しく、25議席かあるいは小選挙区当選者がゼロの可能性もありと話します。ふたつの新党候補や無所属組との選挙協力ですが、「比例は公明党に入れる選挙運動をする」と造反組が言い出せば、どう対処するか。もしそれを呑めば、「では総選挙の争点は何だったのか」と批判が自らに跳ね返ってくる。

 ――造反組で無所属のまま戦う候補の数に、それはかかってきますね。新党組は選挙区もさることながら、比例票の積み上げも目指す。となると、公明党の比例票はこれまでの連立での選挙のような結果を出すとは、考えにくい。

 平野 ですから今回の選挙の注目点は、創価学会票の「地力」がいかほどか、いやが上にも鮮明にならざるを得ない。2大政党が、これだけ“ガチンコ”で勝負するのは初めてです。小泉首相の人気が高くても、あるいは落下傘有名人の支持率が良くても、その意志を持った人々が投票するか。世論調査のマジックもまた、そのあたりにあります。

 ――公明党は相変わらず竹入元委員長や矢野元委員長のバッシングを行っています。平野さんはこの二人とのお付き合いも長かったと思いますが、現状をどうお考えですか。

 平野 矢野さんのメモが持ち出された「事件」ですが、ありていに言って、引退議員にこれほどバッシングを行うなど他党では考えられません。矢野氏は策士ではありますが、竹入氏とは疎遠な関係でした。政治家の風格から言えば、竹入氏の方が一枚も二枚も上です。矢野さんは、創価学会への税務調査を利用して、学会内部を攪乱したこともあります。彼はリアルポリティックスの人で、自民党との付き合いも「他人」が噛んでいるルートを絶対に使わない。具体的に言えば、竹下―小沢という経世会ラインには入らず、故安倍晋太郎氏に近かった。
 竹入氏は、かなりアバウトな人でしたが、情の人でもありました。今では驚く人も少ないかもしれませんが、田中角栄氏とダイレクトに誼を通じること自体、大変な政治的力量があった証明です。
 外からは、「竹入―矢野」体制で一枚岩のように見えるのですが、キャラクターは正反対でした。大阪(矢野)、東京(竹入)の違いと言うのか……。

 ――竹入氏へのバッシングと矢野氏へのそれは同じようで、微妙に違います。

 平野 お二人の手記や回顧録は、興味深く読みました。竹入氏の方は正直だなぁという感想。矢野氏の方は、まだ腹に一物あるのではないかという感じです。竹入氏が旭日大綬章を受けた時、こう思ったものです。「学会員の立場でなく、政治功労者としての自覚が出来たんだなぁ」と。結局、公明党を近代化できず、竹入氏は政界を去りますが、この叙勲で学会内部が蜂の巣を突ついたような状況になったのです。案の定、バッシングはそれをひとつの柱にして行われました。
 矢野氏は学会幹部と語らって、名誉会長追い落としを画策した。それが先に述べた、税務調査の一件です。
 こうしたバッシングにもかかわらず、「彼らはまともなことを言っている」という声は、学会や公明党関係者から私の耳に入ってくる。神崎―冬柴体制では先がない――そんな声が徐々に組織内で拡がっているのです。

 ――選挙結果如何では、公明党にも激震が走る可能性もあります。

 平野 首相も自公で過半数を取れなければ退陣と言うし、岡田民主党代表も政権を取れなければ退くといずれも退路を絶った。絶っていないのは、共産、社民、そして公明党の代表です。竹入氏が回顧録で述べたように、「自分から辞めるというのは不遜の極み」という掟が、公明党にはいまだ存在するのでしょう。

平野貞夫(ひらの・さだお)1935年高知県まれ。59年衆議院事務局に就職。園田直衆議院副議長秘書、前尾繁三郎衆議院議長秘書、衆議院委員部第9課長、同総務課長等を経て89年に委員部長。92年に退官し自民党と公明党の推薦を受け参院選(高知選挙区)に初当選、2期務める。昨年、政界を引退。著書に『日本を呪縛した八人の政治家』『昭和天皇の「極秘指令」』『公明党・創価学会の真実』『公明党・創価学会と日本』(いずれも講談社刊)など。

山田直樹(やまだ・なおき)フリージャーナリスト。1957年生まれ。文庫本編集者、週刊文春記者を経てフリーに。週刊新潮に連載した「新『創価学会』を斬る」が「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の大賞を受賞。著書に『創価学会とは何か』(新潮社)。

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