2005-3-15

特集/「国会質問」を忌諱する創価学会のメンタリティ
「池田大作怨念のフレーズ「宗教弾圧」

乙骨正生 ジャーナリスト


言論出版妨害事件を追及

 「宗教弾圧」――政治家による創価学会批判に抗う創価学会の常套句である。
 その使用例を創価学会の機関紙「聖教新聞」に見てみよう。例えば今年1月12日付「聖教新聞」に掲載された創価学会首脳らによる「栄光の学会創立75周年 座談会」。そこでは「宗教弾圧の政治屋は必ず滅ぶ」との見出しのもと、民社党の元委員長だった塚本三郎氏について次のような悪罵を投げつけている。

 「青木(理事長)中部といえば、昔は変な議員がのさばった。陰険、陰湿な宗教弾圧、人権侵害もあった。だが、中部の同志は勝った。
 松尾(中部青年部長)愛知県選出の塚本三郎だ。昔の民社党の委員長までやった男だったが、最後は惨めな敗残の姿になった。今じゃ若い人は、塚本なんて全然、知らない(笑い)。
 松原(中部長)塚本は昭和40年代に『公明党を折伏しよう』とかいう、ふざけた、デタラメな本を出した。以来、学会への狂気じみた弾圧、中傷を何十年も繰り返した。
 青木 塚本は立正佼成会だった。それで偉大な学会に嫉妬していたんだよ。
 原田 あいつは、そのデタラメ本を国会の衆院予算委員会にまで持ち込んで_証人喚問、証人喚問_と、狂ったように喚き散らしたんだ。
 松原 昭和45年2月28日のことだ。あの陰険な宗教弾圧!日本の憲政史上に残る暴挙だった。
 松尾 しかし、末路はあっけなかったな。悲惨だったな。
 原田 最後はアッと言う間に転げ落ちた(大笑い)……
 松尾 今じゃ、誰も塚本なんか相手にしない。寄りつく人間なんて、ほとんどいない。
 松原 もともと同僚や後輩からも『心の狭い男だ』と陰口を叩かれていた。有名な話だ。政治家を辞めたとたんに、皆から見捨てられたのも、当たり前だ。
 藤野(中部婦人部長)本当に哀れ(笑い)。これが、権力に狂い、嫉妬に狂った『政治屋』の末路ね」

 ではここで創価学会首脳が「日本の憲政史上に残る暴挙」と形容する「宗教弾圧」とはどのようなものだったのか。問題の昭和45年2月28日に行われた衆議院予算委員会での塚本氏の質問を国会の議事録から見てみよう。当時、国会では、前年暮れに発覚し一大社会問題となっていた創価学会・公明党による藤原弘達著『創価学会を斬る』などに対する言論出版妨害事件が大きな焦点となっていた。

 (塚本委員)私はただいまから、総選挙以来問題になってまいりました言論出版の自由妨害の真相につきまして、第二には過ぐる総選挙をはじめ、最近行われております民主主義政治の根幹であります選挙運動にまつわりまして、通常の選挙違反とは違っております異常なる妨害、悪質なる妨害が累積いたしております。これを第二にご質問申し上げてみたいと思っております。そして最後には、憲法第二十条信教の自由と政教分離の問題につきまして、政府の見解をただしてみたいと存じております。
 いままで多く本委員会をはじめ本会議におきまして、この言論あるいは出版の自由妨害につきまして、論議が展開をされております。しかし、これらの多くの問題は、政党すなわち公明党という立場から議論が展開されておるようでございますが、しかし、深くこれを掘り下げてみますると、一連の宗教問題であると私は思っております。
 したがいまして私は、今回の言論妨害は創価学会に関する宗教問題であると思っております。それを公明党を対象にして論ずるところに、若干の食い違いがあると思うのであります。私は憲法第二十条信教の自由は、また一方において政教分離の原則をも打ち立てているものと思います。よって世人が迷惑を受けあるいは不信に思っております言論妨害をはじめ、一連の諸問題につきましては、宗教の面に力点を置いて国民の疑いを晴らさんとするものでございます。

 ここで塚本氏が言及しているように、すでにこの問題は衆議院予算委員会はじめ各委員会で多くの議員が取り上げていた。例えば塚本質問前日の2月27日の予算委員会でも、共産党の不破哲三議員が言論出版妨害事件を取り上げ、厳しく創価学会・公明党の体質を批判している。

 (塚本)この問題は、いわゆるこの問題だけにとどまっておらないということも、すでに多くの委員が言っておるところでございます。創価学会員、潮出版社、公明党議員等が出版を妨害したとする行為は、著者藤原弘達氏及び出版社日新報道の、誘惑にも負けない、圧力にも屈しない勇気によりついに目的を果たせなかったが、このような行為は、明らかに憲法で保障された表現の自由を奪おうとするものと見なければなりません。藤原弘達氏の『創価学会を斬る』の出版問題は、公明党及び創価学会批判に加えられた圧力としては、氷山の一角とみなければならないでございましょう。
 出版界におきましては、菊とツルのタブーという言葉が言い伝わっております。菊とは皇室であり、ツルは創価学会をさしております。創価学会を批判してはならないという意味であります。内藤国夫著『公明党の素顔』、植村左内著『これが創価学会だ』、福島泰照著『創価学会・公明党の解明』、大戸惺著『宗教の本質』等の出版物に対する創価学会、潮出版社社員、公明党議員等の、社会の注目を引いている重大な出版妨害の事件について、人権侵犯事件処理規程に基づいて調査はいまだしておらないということは、きわめて遺憾なことでございまして、ひとり、いわゆる藤原弘達氏のごとき著名の人物だから問題になっただけで、いま申し上げた数々の、ここにありまするその著書等は、実はこの問題を契機にしてやっと日の目を見るようになったことが大部分ではございませんか。
 だからこのことは、実はいままでこのような事態が犯されておったということをはっきりと国民の前に明示していただきまして、これから、宗教団体である創価学会が国民の前にお詫びをしていただくのが本筋ではなかろうか。公明党という党の問題よりも、これはすべて創価学会という宗教に対する問題であります。
 かつて評論家丸山邦男氏は、この問題を党の問題として扱うことは筋違いだということを言っております。もちろん、このことは一昨々日もお会いいたしました著者藤原弘達氏も言明いたしております。
 問題は宗教の問題で論じてきておるのにかかわらず、公明党の議員の皆さま方がとやかくなさること、そのこと自身が問題でなかろうかといわれております。信教の自由に基づきまする国家的な多くの保護を受けておりまする宗教団体が、こんな巨大な力で出版界に対する圧力を加えておりながら、そのことに対して、政党だけがぎゃあぎゃあ言っておるということ自身が、私は問題の問題たるゆえんでなかろうかと思っておりますが、いかがでしょうか。

塚本氏も言論妨害の被害者

 本誌の平成15年7月1日号でも詳報したように、創価学会・公明党による言論出版妨害事件は、池田大作会長の指示に基づき、創価学会そして公明党が組織的に実行した基本的人権を侵す重大問題。塚本氏はその事件の本質を具体的事実に基づいて議論し、創価学会の体質を批判しているのである。だいたいこの問題の出発点は創価学会が卑劣な言論出版妨害事件を引き起こしたことに起因する。それを批判する議員を「宗教弾圧」と非難する創価学会の姿勢は、盗人猛々しいと言う以外ない。
 この後塚本氏は、1月12日付「聖教新聞」で誹謗中傷されている『公明党を折伏しよう』と題する自著を通じて体験した言論出版妨害の事実に基づき、創価学会・公明党の体質に言及する。以下、少々長くなるが、大変興味深い内容なのでその部分を見てみよう。

 (塚本)私自身の体験をひとつ聞いていただきましょう。これは御調査いただかなくてもすぐおわかりいただけることだと思います。
 お読みいただいた、あるいはごらんいただいたとは思いますが、『公明党を折伏しよう』、この私が印刷をいたしました。あえて出版だとは言いません。印刷をいたしましたこの書物に対して、昭和四十四年八月『公明党を折伏しよう』なる著書を出版しようとして印刷に付しました。この原稿を名古屋市の某印刷会社に手渡しました。もちろんその場合、ツルのタブーなるものを私はある程度承知しておりましたので、印刷会社の責任者に、創価学会員が従業員におりはしないか、ごく小数の人に活字を組ませるように等々、でき得る限りわずらわしい事態になることを避ける心組みで注意しておきました。私はことさらに問題を起こそうとは実は思わなかったからであります。
 ところが、何と驚くべし、わずか数日後にはすでにその第一校正のゲラが公明党首脳の手に渡ったのか、その情報が通じて、わが党の責任者のもとに、塚本の準備している『創価学会に強くなろう』なる著書の出版を中止するようにとの要請がなされてまいりました。
 なお、私の驚いたことは、著書の題名等いまだ私がきめておらない段階に、すでに公明党の責任者より堂々とその題名がわが党の責任者にも伝えられたことであります。私は印刷所にこの由を問い合わせたところ――印刷所に聞きましたところ、その題名は印刷所に私がふと漏らした注文書に書き込まれたものであることがわかったわけです。まだきめていない段階において、私がふと漏らした『創価学会に強くなろう』ということを、かりに実は注文書に彼はつけたというわけでございます。そのことがすでに公明党の幹部のもとに数日後に手渡ってしまっておるではございませんか。
 なお、工場長に調査してもらったところ、創価学会員が三名ほどいたので、外に漏れてしまって申し訳ありませんでしたとの返事であります。
 およそかくのごとくで、出版の中止ができねば題名を変更してくれとの要請であります。創価学会という名前だけは変えてくれということに、実は要請が変わってまいりました。一体これは私一人の体験でないことは、藤原氏の問題をごらんになってもわかるとおり、私自身が驚いたような事態ではございませんか。これらの著者の方々が一様にこのことは指摘しておるではございませんか。戦前の事前検閲と少しも違わない事態が、ツルのタブーとしてこの数年間創価学会の批判は許されないとしてきた事態を何と考えられておるのでございましょうか。(『ツルのタブーとは何だ』と呼ぶ者あり)教えてあげましょう。創価学会に対して批判をしたものは、ことごとくその大きな宗教団体の財力の裏付けをもって、公明党の幹部の諸君や創価学会の幹部の諸君が実は印刷所へ話し合いに行って発行させないようにするから、創価学会、公明党に対する批判は絶対言論界においてはできないという通用語でございます。おわかりになりますか。こういうことで、これだけの人たちが実はこういう被害にあっているのでありまするから、証拠を突きつけてもそのように反抗なさる態度は、往生ぎわが悪いと私は思います。

 証人喚問を怖れる池田氏

 自らの体験に根ざして創価学会の言論出版妨害の実態を告発した塚本氏は、これ以後、出版取次や広告の問題、憲法20条の政教分離規定に関する問題、さらには創価学会員による選挙妨害や犯罪の多さを指摘し、創価学会の体質に言及した。その過程で塚本氏は、言論出版妨害事件に関する調査特別委員会の設置と関係者の証人喚問を求めている。だが、すでに関係者の証人喚問については、各種の委員会において複数の議員が要求しており目新しいものではない。では、創価学会が塚本氏を「日本の憲政史上に残る暴挙」「宗教弾圧」と非難する由縁はなにか。それは塚本氏が、創価学会の体質を究明するために欠かせないとして要求した次のような一言に起因すると思われる。

 (塚本)いまここにたくさんのいわゆる犯罪の数々というものが、不幸にして創価学会さんのものがあまりにも私は目につきました。そこで、この際、かつては立正佼成会庭野会長を呼んだ事例が国会においてはあります。よって、この際、われわれはいまこそ国政調査権を発動して、国民の前にこのような真相を明らかにする必要があると思います。したがって、これらのデータから見まするとき、この際創価学会池田大作会長を証人として喚問することを委員長に要求いたします。

 池田氏の女性スキャンダルが問題となった月刊ペン事件で、検察官から池田氏の証人出廷を求められた創価学会は、相手方の月刊ペンの代理人に2000万円とも3000万円ともいわれる裏金を渡し、池田氏の証人出廷を阻止すべく工作した。
 また平成7年初頭には自民党の池田喚問要求を阻止するために公明党出身の新進党議員やその秘書らが、国会でピケを張ったのも記憶に新しい。ことほど左様に池田氏ならびに創価学会は池田氏の国会証人喚問を恐れている。
 その池田喚問を最初に要求したのが塚本氏だったことから、創価学会は塚本氏を誹謗中傷し続けるのである。要するに首脳座談会での誹謗中傷は証人喚問を要求された池田氏の恨みつらみの投影に他ならない。そうであればこそ、次のような下品で野卑な言葉が羅列されるのである。
 「宗教弾圧の政治屋は全部自滅。当然だ。正義の法則に怨嫉すれば自分を破壊」(04年8月25日付「聖教新聞」「寸鉄」)
 「『ゲスは美徳に出会うと気分を損ねる』哲人。学会を嫉むゲス議員ども」(04年9月3日付「聖教新聞」「寸鉄」)
 「仏法迫害の政治屋は『終にほろびざるは候はず』。現罰続々、無惨な魔物よ」(04年10月8日付「聖教新聞」「寸鉄」)
 創価学会用語における「宗教弾圧」とは、畢竟、池田氏の国会証人喚問要求に他ならない。ちなみに池田氏は昭和34年10月23日付「聖教新聞」に掲載された学生部弁論大会の報道記事で次のように発言したと報じられている。
 「三、四年前立正佼成会の庭野日敬が国会に召喚されていろいろ調べられた事がある。この時会長(戸田城聖)はニッコリ笑って_こっちへくればいいな、この時こそ立正安国論を叫びたい_と申しておられました。大事な時に叫ぶことこそ、私は本当の雄弁ではないか(と思う)」
 自家撞着とはこうしたことを言うのだろう。

乙骨正生(おっこつ・まさお)フリージャーナリスト。1955年生まれ。創価中学・創価大学法学部卒。宗教・政治・社会分野などを取材、週刊誌・月刊誌を中心に執筆。著書に『怪死』(教育資料出版会)『公明党=創価学会の野望』『公明党=創価学会の真実』(かもがわ出版)など。

 TOPページへもどる