2005-2-1

閻魔帳

政治介入の果て NHKは死んだも同然

椙山女学園大学教授
川崎泰資


 NHKは未曾有の危機をむかえ、公共放送そのものの存立が危うくなっている。もはや、海老沢会長の辞任ですむ問題ではない。4年前の特集番組、女性国際戦犯法廷への自民党議員の介入問題の露顕である。政治介入を是認し反省の素振りもない海老沢会長等の経営陣と、事実無根と居丈高になる自民党議員に、良識ある視聴者は、おそらく受信料の不払いで対抗し、NHKを壊滅させるに違いない。自民党支配の放送局に金を払い続けるのも限界に近づいているのではないか。
 朝日新聞が1月12日に報じた政治家のNHK番組への介入記事は、政界、メディア界を揺るがす事件に発展した。従軍慰安婦を取り上げた、戦時性暴力の責任を問うこの番組の制作過程で、自民党の安倍晋三(当時、内閣官房副長官)と中川昭一、現経産相の両議員が、「偏った」内容だとNHKの幹部に指摘し、NHKが番組の内容を変えて放送したというのが粗筋である。
 この報道をうけて、当時、この番組の担当デスクをしていた現役のチーフ・プロデューサーの長井暁氏が記者会見を開き、介入は日常的にあり、現場は萎縮したと告発した。長井氏は会見に踏み切った理由を語るとき、家族を路頭に迷わすことになるかもしれないと、報復されることを恐れて思わず涙した。
 懸念した不利益は直ちに起き、関根昭義専務理事が告発の夜、直ちに見解を発表し、「政治介入はなかった」と、根拠も示さず長井氏の会見の内容をほぼ全面的に否定した。
 その後、安倍議員は複数のテレビに精力的に出演し、介入していないと強弁しているが、番組の内容に注文をつけたことは認めている。安倍議員は介入ではないというが、それはご本人の言い分で、世間の常識ではそれは介入で、語るに落ちている。
 一方、中川議員は番組の放送前にNHKの幹部と会ったことを認めていたのに、一転、会ったのは放送後で、放送を中止させるとまで述べた発言を全面的に翻した。しかも面談の日付は、NHKが公表したものと同じで、口裏合わせの結果としかいいようがない。
 さらに当時の松尾武放送総局長は、その後「NHKの幹部とは私のことだ」と名乗りを上げて、朝日の記事を言いがかりと言わんばかりに非難した。これでは、匿名なら「介入があった」とし、実名なら「介入はなかった」ということで、無節操極まりない。
 また長井氏は、不祥事の結果できたコンプライアンス制度にもとづき、政治介入の実状の調査を求めたのを、逆手に取られて告発を全て否定されたうえ、政治家の主張を手助けするのに使われる異様な結果になった。当初囁かれた、コンプライアンスは批判者をあぶりだす「罠」説が真実味を帯びている。これではNHKの改革のために長井氏に続いて告発する者が出るはずもない。エビジョンイル体制の「闇」は深い。
 これは、朝日新聞とNHKの泥仕合ではない。ジャーナリズムの存立をかけた問題である。政治家と一体になったNHK経営陣と、朝日とNHKの現場のジャーナリズムの死闘ということができる。どちらが嘘をついているのか、事実は一つである。長井氏の言うように、政治家に魂を売り渡したようなNHK経営陣の発言は信用できない。
 TBSのオウム事件のように、嘘をつき続けて破滅するのはどちらか。

川崎泰資(かわさき・やすし)椙山女学園大学教授。1934年生まれ。東大文学部社会学科卒。NHK政治部、ボン支局長、放送文化研究所主任研究員、甲府放送局長、会長室審議委員、大谷女子短大教授を歴任。著書に『NHKと政治』など。

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