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特集/「不在3年」でも選挙を煽る池田大作の姑息・狡猾

 

「主不在」から3年──メッセージによってしか存在を誇示できない池田大作

 

古川利明

ジャーナリスト

 

 

毎日新聞の池田署名記事に「本物か」の揶揄

 この5月2日付毎日新聞朝刊のオピニオン面の「発言」に、池田大作が筆を執ったとされる「世界つなぐジャズの『対話精神』」と題する文章が掲載され、世間的に物議を醸したのは、記憶に新しいところである。内容としては、特に、どうということはなく、従来から池田自身が、その交友関係を誇示しているジャズピアニストのハービー・ハンコックらとの語らいを紹介しつつ、「ジャズは対話の音楽」だとして、「そのジャズの対話の精神で、世界に平和と共生の未来を創り上げていこう」と呼びかけたものである。

 今回、こうした池田大作の投稿文が、全国紙の一つである毎日新聞に掲載された政治的な意味を詮索するに、文中でも触れてあるように、一昨年(2011年)、ユネスコが「4月30日」を「国際ジャズの日」と制定したタイミングに合わせたというのは、表向きである。おそらく、世間向けにはそうだろうが、やはり、最大の狙いは「翌5月3日」が、池田大作が1960年に創価学会の第3代会長に就任してから、まる53年を迎え、内部では「創価学会の日」ということで、組織としては最大の記念日であるということに尽きる。そして、時期としても、信濃町が国政選挙並みに重視している東京都議選、さらには参院選が間近に迫っているとあって、F(フレンド)票取りにかけずり回っている活動家らに、「このように池田先生は、ご健在であられます」ということを知らしめることで、集票のテコ入れを図ったもの、とみるべきだろう。

 ところが、これについて、『週刊新潮』5月16日号が「毎日新聞が署名記事で登場させた『池田大作』創価学会名誉会長は本物か」というタイトルの記事を掲載している。かいつまんで言えば、「公の場から姿を消して、間もなく3年になり、病気療養説も流れている池田大作本人が、本当に執筆したのか?」と、揶揄とでもいうのか、疑問を投げかけているのである。それゆえ、池田大作は、このように「自らが書いたとされる文章」、つまり、「活字で書かれたメッセージ」でしか、その存在を示すことができない状態なのである。

 最近の聖教新聞をひも解いてみても、例えば、5月12日付では「対話の力で平和社会の大建設を」との見出しで、その前日の11日に、東京・巣鴨の東京戸田記念講堂で開かれた全国青年部幹部会に、池田大作が記念のメッセージを贈ったと報じている。しかし、その会場に「主」の姿はなく、そして、紙面に掲載された池田の写真は、何と、「1999年2月」、今から14年前の、満71歳のときのものなのである。これでは「昔の名前で出ています」ではないのかと、皮肉の一つも言いたくなるのである。

 

元気なら大々的に報じないはずがない

 さて、その池田大作だが、「公の場」、つまり、大勢の人間の前で、自らの肉声でスピーチを披露し、その健在ぶりをアピールしていた様子が、最後に確認されたのは、2010年5月13日、創価国際友好会館で行われた、中国・清華大からの名誉教授号の授与式である(記事は、翌日付の聖教新聞)。ただ、その後、本当に思いついたようにではあるが、池田の動静が、聖教新聞に写真入りで報じられることはあった。

 例えば、昨年9月12日付紙面には、前日の11日に、信濃町の聖教新聞本社前で、黒塗りの車の後部座席から、窓を開けた状態で、外に乗り出すように、見学に訪れていたアフリカの青年部のメンバーに、帽子を振っている姿の写真が載っている。これを見る限り、池田本人が言葉をしゃべり、他人とコミュニケーションすることは、できるように窺える。ただ、しかし、大勢の前に出てきて、自らの肉声でスピーチを行い、並み居る幹部らをこき下ろすなどして、軽妙なアドリブを駆使することで、会場の笑いを誘うようなことは、もう無理なのだろう。あくまで一般論ではあるが、高齢者、とりわけ、要介護の人の健康状態というのは、月単位とでもいうのか、場合によっては、週単位で、刻一刻と変化していくものである。極端な話、半年前は、元気に外を出歩ける状態だったのに、その後、寝たきりとなり、床に伏したままになってしまっているというのも、別に珍しいことではない。

 繰り返すが、もし、元気であれば、90歳を超えてなお、かくしゃくとしている元首相の中曽根康弘が、最近でも新聞等のインタビューに応じているように、池田大作の場合においては、内輪の行事に出席し、その池田本人がしゃべるスピーチを、リアルタイムで聖教新聞等の機関紙が大々的に報じていなければならない。だから、「それ」がないことが、既に完全な健康体ではないこと、つまり、「老化による体力の衰え」を被っている状態であることは、まず、間違いない。

 

池田家の影響力が低下している?

 そんなふうに、活字に印刷されたメッセージでしか、その存在誇示をできないでいる池田大作の足元を見透かしたように、「池田家の影響力低下」とも受け取れる動きも起こっている。

 これは、『週刊実話』6月6日号が報じているが、この4月初旬、池田大作を創立者とする創価大学の人事で、これまで理事を務めていた長男の博正が、「創価大学最高顧問」に就いたというのである。見た目には、確かに昇格ではあるが、記事中でも指摘されているとおり、この人事は、まさしく名誉職への「棚上げ」に他ならない。

 じつは、71年4月に開学した創価大学は、「創立40周年」の節目をうたい文句に、大々的な寄付作戦を敢行し、何と、357億円もかき集めたというのである。ただこの「357億円」という寄付金額は、同時期においては、2位の慶応大の62億円を大きく引き離し、ダントツの1位で、傍目には「凄い」を通り越して、この景気低迷のご時世において、「異常である」とさえ、いえるだろう。で、そのウラ事情について、この記事を書いたジャーナリストの山田直樹氏は、「現役の学会幹部の話」として、次のように紹介している。

「当時は予想を遥かに超える莫大な寄付が集まったために、会員筋では『寄付の中に名誉会長のものが、かなり含まれているのでは?』との冗談が飛んでいたのです。ただ、今回、博正氏が創価大学の最高顧問に就任すると、『やはり池田家の個人資産が含まれていたのか』『昇格人事の支度金だったのか』との見方が強まり始めたのです」

 筆者は、今回の寄付金の中に、その「池田家の個人資産」もさることながら、「創価学会本体からのカネ」も流し込まれた可能性を疑っている。もっとも、池田大作が学会組織を実質的には私物化しているため、双方を色分けするのは、あまり意味のないことかもしれないが、いずれにしても、この創立40周年の寄付事業の展開と足並みを揃えるかのように、「学校法人・創価大学」の登記簿によると、「資産の総額」は、「1594億707万1948円(10年3月31日変更、同年5月27日登記)」「1925億9849万6785円(11年3月31日変更、同年5月26日登記)」「2116億5342万7997円(12年3月31日変更、同年5月25日登記)」と、2010年からの2年間でじつに522億円も増やしているのである。

 確かに、今度の創価大学創立40周年の寄付事業におけるカネの流れと、長男・博正の最高顧問棚上げの人事が、果たして、どこまでリンクしているかはわからない。しかし、いずれにしても、池田大作が「自らの肉声」でメッセージを発することができないことからくる「権力の低下」というものを、どことなく窺わせるものが、そこには感じられる。

 現在、公明党が政権与党の一角を占めている以上、「池田大作の正確な健康状態」というのは、信濃町内部のみならず、政局的にも重要な「機密情報」である。これまでにも、週刊文春が「認知症が進行」などと報じた池田の病状記事に対し、信濃町サイドが恫喝的な抗議によって訂正を出させた経緯もあり、彼らもこれには非常に神経質になっている。それゆえ、我々ジャーナリズムは、その分厚いカーテンの奥にある真相(=池田の健康状態)を、今後とも暴き出す努力を怠ってはならない。(文中・敬称略)

 

古川利明(ふるかわ・としあき)1965年生まれ。毎日新聞、東京新聞(中日新聞東京本社)記者を経て、フリージャーナリスト。著書に『システムとしての創価学会=公明党』『シンジケートとしての創価学会=公明党』『カルトとしての創価学会=池田大作』『デジタル・ヘル サイバー化監視社会の闇』『日本の裏金(上、下)』(いずれも第三書館刊)など。

 

 

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