特集/戸田城聖遺族が示した創価学会へのアンチテーゼ

 

池田創価学会と決別していた戸田城聖会長の遺族

 

乙骨正生

ジャーナリスト

 

 

 「創価学会とは無関係」の持つ意味

「週刊新潮」2月14日号に、「中興の祖『戸田城聖』の長男没して未亡人が語った『創価学会と無関係』」と題する記事が掲載された。

 同記事によると、池田大作創価学会名誉会長が「恩師」と讃迎するとともに、「創価学会会則」で牧口常三郎初代会長、池田三代会長とともに「永遠の指導者」と位置づけられている戸田城聖二代会長の長男・戸田喬久氏が、今年1月4日に77歳で死去。1月5・6の両日、通夜と告別式が都内の戸田喬久氏の自宅マンションで執り行われたが、その際、導師として赴いたのは、戸田家の菩提寺である日蓮正宗・常在寺の阿部信彰住職だった。阿部住職は、平成3年に創価学会を破門した阿部日顕日蓮正宗前法主の長男で、日蓮正宗宗務院の布教部長を務める宗門幹部僧侶。

 戸田家では、平成12年3月に死去した戸田夫人・幾さんの葬儀も、細井珪道常在寺住職(当時)の導師で行われており、喬久氏は幾さんの没後も、たびたび常在寺に参拝していたという。

 周知のように、平成3年に日蓮正宗から教義違背と社会的不正を理由に破門された創価学会は、以後、激しく日蓮正宗を非難し、熾烈な攻撃を加えているが、同時に日蓮正宗からの破門を「平成の宗教改革」とか「魂の独立──宗教ルネサンス」などと主張し、堕落した既成教団から独立したかのように強調。葬儀についても従来の日蓮正宗僧侶による葬儀の執行を「葬式仏教」などと非難し、創価学会幹部や公明党議員OBらが葬儀の導師(儀典部員)を務める「学会葬」「友人葬」が現代に適合した葬儀形態だと主張している。

 日蓮正宗からの破門で、創価学会がもっとも恐れたのは会員の脱会と日蓮正宗への帰属。それだけに創価学会は、「学会葬」「友人葬」の徹底と敷衍に腐心し、会員が日蓮正宗で葬儀を行うことを禁じた。しかし戸田家では平成12年の戸田会長夫人、そして今年の戸田会長子息の葬儀を、いずれも菩提寺である日蓮正宗寺院の住職の導師で行っていたのである。

 この事実は、戸田家が創価学会の意向に反する行動をしていること、創価学会から距離を置いていることを示しているが、「週刊新潮」2月14日付記事によれば、もはや戸田家は創価学会と距離を置くどころか、関係を途絶する状態にまで立ち至っていることが分かる。というのも同記事で戸田喬久氏の未亡人が次のようにコメントしているからである。

「主人は糖尿病を患い、入退院を繰り返していました。遺言はありましたけど、葬儀を常在寺にお願いすることは、それよりもずっと前に決まっていたことです。義父母ともにそうでしたから、主人は創価学会については沈黙を守り続けた。ですから、私から何も申し上げることはありません。とっくの昔に池田さんに渡したものですし、継いだわけでもないので、主人は自分の道を歩みました。創価学会と戸田家は無関係です」

 牧口常三郎が創設した創価教育学会を、太平洋戦争後に創価学会と改称・改組したのは戸田城聖。その戸田門下で青年部参謀などを歴任した故・龍年光元都議会公明党幹事長は、生前「創価学会の創設者は戸田先生であり、二代会長というのはおかしい」と主張していたが、戦前の創価教育学会が、東京の白金小学校長などを歴任した教育者・牧口会長を中核とした教育者偏重の団体だったことを勘案するならば、今日の創価学会の基盤を築いたのは戸田会長に他ならない。すなわちその評価は別として、戸田会長が今日の創価学会の事実上の創設者ということになろう。

 その戸田会長の遺族が、創価学会なかんずく戸田会長の“後継者”だと自負・強調する池田名誉会長の意向に反して、日蓮正宗での葬儀を繰り返している事実は、池田氏を戸田会長の正統な後継者と信じ(こまされ)ている学会員にとって重大なアンチテーゼの提示といえよう。

  すなわち戸田会長の遺族は、戸田会長の“後継者”として、戸田会長と並ぶ「永遠の指導者」と位置づけられている池田氏の意向に反することで、池田氏を戸田会長の正統な後継者と認めていないことを明示しているからだ。

 そうした戸田家の意志、ことに戸田会長夫人と子息の明確な意志に筆者も触れたことがある。それは平成4年2月に死去した戸田会長時代の最高幹部である石田次男氏の葬儀においてである。

 戸田門下において石田氏は、「聖教新聞」の初代編集長や青年部出身の初の創価学会理事を歴任するなど、戸田会長の信任と期待を一身に集めており、戸田後継とも目されていた。しかし戸田会長の死去から1年後の昭和34年の参院選で創価学会の候補として参院議員に当選するものの、それから1年後に2年余の空白期間を経て池田氏が会長に就任すると、文字通り「ライバルは潰せ」とばかりに石田氏は冷遇されるようになり、昭和40年の参院選への出馬も許されずに失脚。以後、不遇をかこち晩年には公然と池田批判を展開するに至った。

 その石田氏は平成4年2月3日に死去。葬儀は日蓮正宗の僧侶を招いて神奈川県内の斎場で行われたが、この通夜に戸田夫人・幾さんと子息の喬久氏が列席したのである。

 石田次男氏の実弟である石田幸四郎氏は、兄とは対照的に池田氏によって登用・抜擢され、創価学会の男子部長・青年部長等を歴任した後、公明党代議士に転進した。この石田幸四郎氏の登用・抜擢は兄への見せしめとも言われるが、いずれにせよ石田幸四郎氏は、平成5年には公明党委員長として史上初の大臣(総務庁長官)にまで上り詰めた。同様に石田次男氏の実妹・明子さんは秋谷栄之助会長夫人。したがって秋谷会長は石田次男氏の義弟にあたる。

 しかし実弟の石田幸四郎公明党委員長(当時)と実妹の秋谷明子さん、そして義弟の秋谷栄之助会長(当時)は、いずれも実兄・義兄である石田次男氏の葬儀に姿を見せなかった。

人生の総決算で明示したアンチテーゼ

 日本には「村八分」という言葉がある。一定のコミュニティから特定の人物や家族を排除し、関係を途絶することを意味するイヤな言葉だが、それでも「村十分」としないのは、火事と葬式を除くからである。ところが創価学会にあっては、ひとたび池田氏に反旗を翻すと「村十分」の仕打ちを受ける。「衆生救済」を旗印にする宗教団体の会長と、その宗教団体を母体とする「福祉」と「平和」を標榜する公党の委員長が、ともに実兄・義兄の葬儀にすら出席しなかった事実は、創価学会の宗教団体にあるまじき冷酷でおぞましい体質を象徴的に示す事例だと指摘できよう。

 創価学会会長と公明党委員長が出席しなかった石田次男氏の通夜、それも日蓮正宗の僧侶を招いての通夜に、戸田会長夫人と子息は列席したのだが、当時、戸田幾さんはすでに81歳の高齢だった。高齢であること、また厳冬の2月という季節を考慮すれば、弔電や代理出席でも問題なかったにもかかわらず、戸田幾さんはわざわざ通夜に赴いたのである。

 筆者は列席した戸田幾さんと言葉を交わした。その中で、実弟の公明党委員長や義弟の創価学会会長が出席しない石田次男氏の通夜に、わざわざ列席した理由を聞いた。すると戸田幾さんは、穏やかながらも毅然とした口調で「生前、主人が大変、お世話になりましたので」と答えたのだった。

 同様に昨今の創価学会をどう思っているかと尋ねたところ、子息の戸田喬久氏が、「母はもう齢ですので」と、筆者の質問を遮りながらも、「(通夜に)出席していることでご理解ください」と答えてくれた。

 戸田会長が死去したのは昭和33年4月。石田次男氏の通夜があった平成4年までには、すでに34年もの歳月が流れている。しかも石田次男氏は戸田会長の弟子である。にもかかわらず「主人(戸田会長)」が「世話」になったと言って高齢をおして列席した戸田夫人。一方、口では「衆生救済」とか「成仏」などと高言していながら、実兄・義兄の葬儀にすら出席しなかった創価学会会長と公明党委員長。両者の人間性や人格、あるいは人としての生き方や姿勢は、比較するのも失礼というものだろう。

 そして常日頃、「報恩」を強調する池田大作氏の言動も、褒められたものではない。というのも池田氏は、平成12年に「恩師」である戸田会長の夫人が死去した際、自宅に弔問には訪れたものの、通夜・葬儀には出席しなかったからである。

 池田氏は戸田会長への「報恩」を強調してやまないのだから、「恩師」夫人の通夜・告別式にはなにをさておいても駆けつけるべきだろう。本来ならば葬儀委員長をかって出たっておかしくはない。だが池田氏は、「恩師」夫人の通夜・告別式には出席せず、平成12年3月8日付「聖教新聞」に「戸田第2代会長夫人 戸田幾さんが逝去 池田名誉会長が弔間」との小さな記事があるように、自宅への弔問だけでお茶を濁したのである。

 そして「恩師」の子息であるとともに、一時は創価学会の顧問にも就いていた戸田喬久氏の死去に際しても、池田氏は弔問に訪れることはなく、創価学会が機関紙誌でその事実を報じることはなかった。

 宗教団体・創価学会とその創価学会を率いる池田氏をはじめとする首脳幹部へのアンチテーゼを、創価学会を創設した戸田会長の遺族が葬儀という人生の締めくくりで示したことの意味は重い。創価学会にかかわる歴史的事実として記憶されるべきであろう。

 

乙骨正生(おっこつ・まさお)フリージャーナリスト。1955年生まれ。創価中学・創価大学法学部卒。宗教・政治・社会分野などを取材、週刊誌・月刊誌を中心に執筆。著書に『怪死』(教育資料出版会)『公明党=創価学会の野望』『公明党=創価学会の真実』『司法に断罪された創価学会』(かもがわ出版)など。

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